2014年08月18日

『蔦屋』 谷津矢車

奇抜な出版物で知られた、江戸中期の版元・蔦屋重三郎は
特に写楽の浮世絵を世に送り出した人物として有名。

彼は吉原で、耕書堂という本屋を開き、
吉原細見という遊女の案内書をロングセラーにしました。

彼が日本橋に出店するために買い入れたのが
日本橋の版元で廃業間近の豊仙堂。
その主の小兵衛は還暦間近で引退も視野に入れていたが
重三郎にほだされ、もう一度出版業に身を投じます。

重三郎は人脈のつくり方も型破り。
出てくる人物は、みなよく知る江戸の人気作家です。
彼らとともに斬新な企画で江戸の人々を沸かせます。

しかし、寛政の改革で奢侈禁制、風紀取締りで
洒落本の黄表紙が摘発され、重三郎も罪を負います。
そのなかで大切な仲間も失います。

商品開発、時流、マーケティング、新たな法規制など
現代に置き換えられるモチーフに加え
重三郎の人生、妻、子どもたちも、
血肉をもって立ち上がっています。

重三郎が語る「新しいもの」は
「先買いしてくれるお客さんってェのはいるにはいるけども、
それじゃあ大売れとはいかない。十歩先に行ったものじゃあ
新しすぎる。かといって、一歩二歩先くらいじゃあ誰も驚かない。
いうなれば、五歩先くらいを走るものを作りたいもんだね」

最初は重三郎のやり方に目を白黒させていた小兵衛ですが
重三郎を支えるコツをつかみ、最後は店にはなくては
ならない存在となります。
それを江戸期の還暦過ぎの人がやるのですから
今でいえば、80歳過ぎの老人がやるようなものです。

後半は彼が縁の下の力持ちとなります。
老いてなお、出版への情熱を失わない。
実は小兵衛の物語でもありました。






posted by かつき at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | お仕事小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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