2014年02月24日

『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』 平川克己

経済停滞期を20年以上も過ごしてきてしまった日本。
そこから学ぶことは、もう昭和のような経済成長は
望めないということ。

そこで、どうするか――。

こういう場合、日本人は外国の例を引いていたが
本書では過去に立ち返れと言っているのが新鮮。

昭和40年頃まであった家族経営の商店。
それが新しい生活スタイルであると提示しています。

ただ昭和30年代と大きく違うのは
私たちは消費社会を生きてきて
今更それを捨てるわけにはいかないということ。

労働よりも消費にアンテナが立っている。
だからがむしゃらに働くこともない代わりに
自分がいいと思うモノにはお金をかけます。

そこにこれからの経済、経営、商売、
生計のヒントがあると思われます。

著者の考えを滔々と述べる不要なページが多いけれど
大企業の大量雇用を望めない現在と未来。
そして自分で自分を守る時代に生きる私たちの
新しい生き方を示唆します。

bard_happybird.gif 本書でチェックしたところ
日本人の生活意識が、労働中心から消費中心へと移行していった

当時の帽子専門店がやっていけた理由はひとつしかないと思っています。
つまり、一日に数個の商品が捌ければやっていけるようなコストバランスで店舗を営んでいたからできたということです。

個人にとっては、ちいさな問題をどう対処しているかということろに、その人間の本質が顕れるものだと思っています。

成長すること、経済的に発展すること、国際競争力で優位に立つこと。
こういった経済成長によってしか、社会の安定や、個人の幸福や、国家の威信というものを思い描くことができない知性にとっては、社会の安定や個人の幸福や、国家の威信とは、お金で買える程度のものでしかありません。(中略)実際にはそのどれもがお金で解決できないことを、この数十年間の世界の歴史が明らかにしてきたのではないでしょうか。むしろ、経済的な発展の結果が、ある段階から格差の拡大や、文化の貧困化へ向かったとみるほうが正解です。

小商いとは、「いま・ここ」にある自分に関して、責任を持つ生き方だということです。


bard_happybird.gif 目次
まえがき
第一章 経済に蚕食された社会
第二章 街角のフォークロア
第三章 ちいさいことの意味
第四章 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ――東日本大震災以後
第五章 小商いのすすめ
あとがき






タグ:経営
posted by かつき at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 起業・経営・商売繁盛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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